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暫定委員会委員に任命される時は、カーネギー協会(カーネギー財団とは別組織)の理事長であり、また科学技術研究開発局長だった。当時アメリカが戦時体制を構築するにあたってアメリカの軍部、産業界、学界を結びつける扇の要となる人物だった。英語のWikipediaは「軍産複合体制(the Military-Industrial Complex)の発展史における、主導者の一人であり、アメリカにおける科学分野に対する軍事予算拠出の主導者の一人でもある。またそうした側面で、ブッシュは著名なポリシー・メーカーであり、第二次世界大戦およびそれに引き続き生起した冷戦の間中、社会を代表する知識人―アメリカ科学界の守護聖人“the Patron Saint of American Science”―の一人、事実上大統領の科学顧問でもあった。」と書いており、おおむね正しい認識だと思われる。アメリカの原子力エネルギー開発は、ルーズベルト政権時、核兵器開発計画としてスタートするが、その時の担当はブッシュが局長を務める科学技術研究開発局だった。この時開発は産業界に対する請負発注の形式となった。請負発注形態はマンハッタン計画でも踏襲される。詳しくは次。(<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/Vannevar_Bush.htm>) |